第15週『記録の余白』第4話 ― 風の跡

第15週『記録の余白』

夕暮れが近づくにつれ、校舎の廊下に長い影が伸びていた。
梓と結衣は、柳瀬の案内で放送室に戻っていた。
床板はところどころ沈み、マイクスタンドには錆が浮いている。
だが、その空間にはまだ“声の気配”が残っていた。

「ここが、最後の録音をした場所です。」
柳瀬は古い録音機を指差した。
「当時のテープが残ってるとは思わなかった。
風間先生が、“記録は風の跡を残すものだ”と話していたのを思い出します。」

梓は静かに頷き、前日に見つけた“未送信”と書かれたカセットを再生機にセットした。
モーター音のあと、すぐにざらついた風の音が流れた。

〈…風が丘を越えていく音〉

その向こうで、少年の声が聞こえた。

『前田。これ、次の放送で使ってくれよ。
もし俺がいなくても、ちゃんと風が運んでくれるから。』

結衣の指先が震えた。
「これ……中原悠斗くんの声……?」

ノイズが混ざり、やがて別の声が重なる。

『――悠斗へ。あの時の言葉、まだ書けていません。
でも、風が読んでくれるなら、それでいい。』

少女の声。前田恵理のものだろう。
ふたりの声が、数十年の時を越えて重なった瞬間だった。

そして、その直後。
マイクの奥から、低く穏やかな男の声が割り込んだ。

『風の便り、最終録音。
ここは水戸。
声を継ぎ、言葉を残す。
――風間信一。』

梓は思わず顔を上げた。
その名を、確かに聞いた。
彼の声はまるで風そのもので、部屋の空気を震わせていた。

柳瀬が呟く。
「やはり……先生も録音に加わっていたのか。」

カセットの再生が止まり、静寂が戻る。
外では、夕陽が赤く傾き始めていた。

結衣がそっと窓を開けると、風がカーテンを揺らした。
どこかで鉄塔の鳴る音。
梓は静かに言った。
「……これが、風の跡。」

彼女の手の中で、カセットのラベルが光を反射した。
その文字は、年月の埃の下から再び浮かび上がっていた。

『風は記録を超えて残る。』

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第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

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第13週 『風の便り』

第14週 『声を継ぐもの』

第15週 『記録の余白』

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