第17週『約束の残響』第5話 ― 約束の残響

第17週『約束の残響』

夜、松本の空は雪雲に覆われ、風の音が谷を渡っていた。
スタジオの明かりだけが、山の闇の中でぽつりと灯っている。

梓と蓮は、録音機の前に並んで座っていた。
再生の準備は整っている。
テープには、風間信一の最後の“無音の音”――あの残響が収められていた。

「……準備、いいですか?」
蓮の問いに、梓は静かに頷いた。
「ええ。今度は、ちゃんと聴きます。
 消えた音の“その先”を。」

蓮が再生ボタンを押す。
カセットが回り始め、空気がゆっくりと震えた。
最初はノイズ。
次に風の音。
そのあとに、ほんのわずかな呼吸のような音が重なる。

やがて、その静寂の中から声が生まれた。

『この音を、誰かが聴いたとき――
その瞬間、風はもう新しい音になる。
消えることは終わりじゃない。
約束とは、続けることだ。
だから、君へ。
この音を、もう一度“風”に戻してほしい。』

梓は涙をこぼした。
それは悲しみではなく、どこか温かい涙だった。

蓮が小さく息を吐く。
「……やっぱり先生は、消すことで“残す”人だったんですね。」

梓は頷いた。
「ええ。でも、消えたものは確かにここにある。
 私たちが、こうして聴いている限り。」

録音が終わり、リールが止まる。
けれど、スタジオの中にはまだ音が残っていた。
風が木の隙間を通り抜ける音、機械の微かな余熱の唸り、
そして、人の息づかい。

それらが一体となって、まるで“生きた残響”のように響き続けていた。

梓は机の上にノートを広げ、
最後のページにゆっくりと書いた。

『風は声を運び、声は記録を残す。
記録は光に変わり、光は人を動かす。
そして、行動が次の風を生む。
――これが、約束の残響。』

外では、夜明け前の風が雪を散らし、
山の向こうへと吹き抜けていった。
その音が、まるで新しい章の始まりを告げるように聞こえた。

梓はノートを閉じ、蓮に微笑んだ。
「行きましょう。
 この音を“届ける”旅に。」

窓の外で、風が再び鳴った。
今度は確かに――誰かの声とともに。

――続けて。

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第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

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第17週 『約束の残響』

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