放送室の机の上に広げられた古い日誌には、
放送部の活動記録や原稿の下書きが残っていた。
日付は昭和63年。
最後のページだけ、文字の筆跡が途中で変わっている。
「この部分、途中から違う人の字ですね。」
梓の言葉に、川嶋結衣が頷く。
「ええ、私も気づいてました。ここまでは“前田恵理”という当時の放送部員、
その下の数行だけが、別の誰かの筆跡。名前は書かれていません。」
ページの下部には、こう記されていた。
『—風の便り 最終回 原稿—
この声が誰かに届くなら、
それでいい。
風間先生は明日、最後の指導に来られる。
放送は一度きり。
あとは……』
文はそこで途切れていた。
線が震えたように途絶え、インクがわずかに滲んでいる。
梓はその文字を指でなぞりながら呟いた。
「“あとは”のあとに、何を書こうとしたんでしょうね……」
結衣が静かに言う。
「この“風間先生”という方、当時の外部講師みたいです。
でも、校内に記録がなくて。まるで最初から“いなかった”みたいに。」
梓は目を細めた。
「風間信一は、いろんな場所で“声の記録”を残していました。
その中に“水戸で録音した最後の原稿がある”という話を聞いたことがあるんです。
もしかすると、この日誌が……」
言葉を途中で切った瞬間、窓の外で風が鳴った。
古いブラインドが揺れ、壁際のマイクが微かに震える。
まるで、かつての放送の続きを待っているように。
梓は机の引き出しを開けた。
中には、1本の古いカセットテープが入っていた。
ラベルには、うっすらと鉛筆の跡が残っている。
『風の便り 未送信/録音テスト』
結衣が息をのんだ。
「これ……再生できるかな。」
梓は静かにテープを手に取った。
埃の匂いとともに、何十年もの時が指先を通り抜けていく。
「……この続きを、聞いてみましょう。」
放送室の奥で、古い再生機が唸りを上げた。
ノイズの中、波の音のような風の音が流れ始める。
そして――かすかに、人の息遣い。
『……あとは、あなたが書いてください。』
その一言を残して、音は途切れた。
梓は息を止めたまま、しばらく動けなかった。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週 『声を継ぐもの』
第15週 『記録の余白』


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