午後になり、旧校舎の中に傾いた陽が差し込み始めた。
放送室の埃が、金色の粒となってゆらゆらと舞っている。
結衣は日誌とカセットを抱え、資料館として一時的に保存されている職員室跡へ向かった。
そこで待っていたのは、かつて放送部の顧問を務めていた**柳瀬昌人(やなせ まさと)**だった。
白髪まじりの髪を撫でながら、柳瀬は懐かしそうに日誌の表紙を見つめた。
「このノート……懐かしいな。私がまだ二十代のころの放送部ですよ。」
梓が尋ねる。
「この“前田恵理”さんと、途中で筆跡が変わっている部分……覚えておられますか?」
柳瀬はページをゆっくりとめくり、細めた目で文字を追った。
「ええ、これは確かに恵理の字だ。そして、後半のこの文字……」
彼は一瞬、言葉を切った。
「“中原悠斗(なかはらゆうと)”という男子部員のものです。」
梓が顔を上げた。
「二人で日誌を書いていたんですね?」
「そう。風間先生が来られてからは、放送原稿を共作していました。
“風の便り”というタイトルも、あの子たちがつけたんですよ。」
柳瀬の声が少しだけ震える。
「だけど――卒業の二週間前、悠斗は突然学校に来なくなった。
理由は誰も知らない。
そのあと恵理は、最後の放送原稿を一人で仕上げようとしたんですが……途中で筆が止まった。」
梓は黙って日誌の最後のページを見つめる。
「“あとは、あなたが書いてください”――この言葉は、
彼が恵理に宛てたメッセージだったのかもしれませんね。」
柳瀬は小さく頷いた。
「風間先生は二人に“声を残すことは、生きた証になる”と教えていました。
だから悠斗は録音を、恵理は文章を担当していたんです。
けれど、彼がいなくなって……彼女は書くことをやめた。」
結衣が静かに息を吐いた。
「じゃあ、この日誌の“未完”は、
二人のどちらかが再会するために残した“余白”なんですね。」
柳瀬は、まるで遠くの放送を聞くように目を閉じた。
「風間先生は、彼らが書いた言葉を“風に預ける”つもりだったのかもしれません。
……それが、あの録音に残っていた声の意味なんでしょう。」
窓の外で、風が古い鉄塔を鳴らした。
その音が、まるで誰かの声のように優しく揺れていた。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週 『声を継ぐもの』
第15週 『記録の余白』


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