水戸の郊外、丘の上に建つ旧水戸第二中学校。
春の終わりの風が校舎を抜け、錆びた窓枠を軋ませていた。
取り壊しを目前に、建物の中はひんやりと静まり返っている。
宮本梓は、市教育委員会の職員・川嶋結衣に案内されて、
放送室の扉を開けた。
古びた機材の並ぶ部屋。マイク、アンプ、録音機――
そして、机の上には長年積もった埃の層。
「ここだけ、片づけが間に合ってなくて……」
結衣は苦笑しながら埃を払う。
「でも、資料の中に“風の便り”という文字があるって聞いて……それで取材に?」
梓は頷いた。
「はい。以前、宮城の石巻で“声の記録”を見つけました。
そこにも同じ言葉が出てきたんです。」
結衣は少しだけ考え込み、机の引き出しを開けた。
「そういえば――これ、放送部の日誌なんですけど……」
古びたスケッチブックのようなノートを取り出す。
ページの端は焼けたように色褪せている。
彼女がページをめくると、最後のあたりに
走り書きのような文字が現れた。
『放送原稿・未完
風の便り 最終回録音予定 —風間先生来校—』
梓の目が止まった。
「……風間、って。」
結衣が驚いたように顔を上げる。
「ご存じなんですか?」
「はい。旅の途中で何度もその名前に出会いました。
彼は、“声を記録する旅人”だったんです。」
放送室の隅に置かれたマイクが、
まるでその会話を聞いているように沈黙していた。
壁のスイッチを入れると、古い蛍光灯がぱちぱちと点滅し、
わずかに電流の音が響く。
梓はそっと日誌を閉じ、
表紙の裏に書かれた小さな文字を指でなぞった。
『声は消えても、文字は残る。』
風が窓を揺らした。
放送室の天井から、淡い埃がふわりと舞い降りる。
その光の中で、梓は確信した。
――この場所にも、“風の便り”の記録が残されている。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週 『声を継ぐもの』
第15週 『記録の余白』


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