第15週『記録の余白』第5話 ― 記録の余白

第15週『記録の余白』

夜の帳が降り始めた頃、旧校舎の放送室には静かな時間が流れていた。
蛍光灯の光がかすかに瞬き、窓の外では春風が木々を揺らしている。
梓は机に広げた日誌を見つめていた。
“風の便り”の最終ページ――未完のまま途切れたその行。

「あとは、あなたが書いてください。」

カセットから聴こえた、あの少年の声が耳の奥に蘇る。
結衣はそっとマイクのスイッチを入れた。
「……ねえ、梓さん。この部屋で最後の録音をしていきませんか?
あの子たちの続きを、あなたの声で。」

梓は少し考え、ペンを手に取った。
日誌の最終ページに、新しい文字が書き込まれていく。

『風は形を変えても、想いを運ぶ。
それを受け取った人が、次の言葉を綴る。』

ペン先が止まると、梓はマイクに顔を向けた。
「――“風の便り”を聴いてくださった方へ。
これは、言葉を継ぐ人たちの物語です。」

録音を終えると、結衣が静かに日誌を閉じた。
「この余白、ちゃんと埋まりましたね。」
梓は微笑む。
「いいえ、まだ続きます。
誰かがまた、この記録を見つけてくれる日まで。」

窓の外から、夜風が吹き込んだ。
ページの端をめくり、インクが乾く前に風が撫でていく。
まるで言葉たちが、再び旅立っていくようだった。

旧放送室を出ると、坂の下に灯りが点いた。
水戸の街を見下ろす丘の上で、梓は深く息を吸う。
遠くの空で、風がまた音を立てた。
それは、声とも記録ともつかぬ“何かの響き”だった。

――声は風になる。
風は文字になる。
そして、記録は人の記憶になる。

梓は静かにノートを抱え、夜道を下りていった。
次の旅先へと向かう風が、その背をやさしく押していた。

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紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

第14週 『声を継ぐもの』

第15週 『記録の余白』

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