潮の匂いが微かに残る風が、港町の空を渡っていった。
宮城県石巻市。
宮本梓は、古びた倉庫を改装したコミュニティFM局「いしのまきエアウェーブ」の前に立っていた。
外壁には塩の跡が残り、錆びた扉の向こうから低い機械音が漏れている。
受付で事情を話すと、局のスタッフが笑顔で案内してくれた。
「震災前の資料を整理していてね。放送機材やテープが山ほど出てきたんです。
もしかしたら、その中に“札幌”の声が残ってるかもしれないって?」
梓は小さく頷いた。
「祖母の記録を辿っていて……“風の便り”という言葉に導かれて、ここまで来ました。」
案内された倉庫の奥は、古いオーディオテープの箱で埋まっていた。
「再生できる機材、まだ動くかな……」
そう呟いた女性スタッフ――佐藤澪(さとう・みお)は、
局内で音声アーカイブの整理を担当しているという。
彼女は、ほこりをかぶった段ボールをひとつ開け、
中から手書きのラベルを見つけた。
【記録:未放送/昭和63年/“風の便り”/石巻旧郵便局舎前】
「……あった」
澪の声が震えた。
古いカセットをデッキに差し込み、再生ボタンを押す。
一瞬の無音のあと、ノイズが混じった“風の音”が流れた。
海風がマイクに触れ、遠くで波が打つ音が続く。
その奥から――
かすかに、人の声が重なった。
『……こちらは、風の便りを継ぐ声です。札幌から……』
梓は息を止めた。
その声の響きが、祖母の部屋で聴いたカセットテープの音と
どこか同じ質を持っていたのだ。
まるで、時を越えて誰かが彼女に呼びかけているようだった。
「この声……」
澪も顔を上げ、デッキを見つめる。
波の音が再び強くなり、録音は途切れる。
だがその余韻の中に、確かに“札幌”という言葉が残った。
梓の胸に、静かな確信が生まれた。
――この声の主こそ、祖母が待っていた人。
そして、“風間信一”の旅の続きにいる人だ。
倉庫の隙間風が吹き抜け、カセットのラベルを揺らした。
そこに書かれていた小さな一行を、梓は見逃さなかった。
「声は、風とともに。」
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週 『声を継ぐもの』


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