第13週『風の便り』第5話 ― 風の便り

第13週『風の便り』

夕暮れの鶴岡。
庄内平野の向こうに沈みゆく太陽が、風に乗ってオレンジ色の光を町に流していた。
梓は小高い丘の上、かつて郵便取扱所だった建物の前に立っていた。
手には、宛名のない封筒と祖母の硝子片。

封筒の紙は古び、指で触れると少しだけ柔らかい。
札幌の消印と、差出人の名――風間信一。
その文字を見つめながら、梓はゆっくりと空を仰いだ。

「風の便り」
祖母の遺品から辿り着いた言葉が、ようやく意味を持ち始めていた。

風間は、手紙を出すたびに宛名を書かなかった。
届くかどうかではなく、想いを託すこと自体に意味を見出していた。
だから封筒は、誰かの手に渡れば、それが“風の届け先”となる。
祖母・幸子が受け取ったのは、風そのものだったのかもしれない。

丘の下から榊原が呼ぶ声がした。
「梓さん、風が変わりましたよ。南から吹いてます」
梓は微笑み、ポケットから硝子片を取り出した。
夕陽を透かすと、赤と青の光が混ざり合い、封筒の上に淡い色を落とした。

削られた宛名の下、光の線が浮かび上がる。
“ありがとう”――そう読めた気がした。

涙が滲む。
祖母が消したのは、悲しみではなく、誰かを守るための静かな祈りだったのだろう。

風が吹き、封筒がふわりと揺れた。
梓はそれを胸に当て、静かに目を閉じた。

――風は、言葉よりも確かに想いを運ぶ。

宛名のない手紙は、ついに受け取られるべき場所に届いた。
梓は風に向かって一歩踏み出す。
札幌から始まった記憶の旅は、今、南へと続いていく。

そして、その背を押すように、やさしい風が吹いた。

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紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

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