翌朝、港の空は薄く霞んでいた。
海からの風が静かに吹き、梓の頬を撫でていく。
昨夜の録音を聴いた後、眠れなかった。
頭の中で何度も、風間信一の声が反響していた。
「硝子が割れても、光は通う。
声が途切れても、想いは残る。」
あの言葉の余韻が、今も心の奥に染みている。
FM局のスタジオでは、澪がマイクの前に座っていた。
目の前には昨日のリールテープと、書き直した放送原稿。
「梓さん、今日の特別放送、ほんとにこれでいいの?」
梓は頷いた。
「うん。放送されなかった“風の便り”の続きを、今度こそ届けたいんです。」
スタジオの赤いランプが灯る。
「――それではお聴きください。特別番組『声を継ぐもの』」
澪の声が、穏やかに空気を震わせた。
スピーカーから流れたのは、海と風の音。
そして、風間の録音に重なるように梓の声が響いた。
「この声が、誰かの記憶を照らすなら。
たとえ名前が消えても、光が届くなら。
それが“風の便り”の続きです。」
窓の外、港を渡る風がスタジオの壁を撫でた。
遠くのスピーカーからも同じ放送が流れ、
波止場で作業していた人々が一瞬手を止める。
風が彼らの髪を揺らし、海に向かって声を運んだ。
録音を終えたあと、梓はテープを両手で包んだ。
「これで……祖母が受け取れなかった“便り”を、
私が代わりに届けられた気がします。」
澪は微笑んだ。
「あなたの声、きっと風間さんにも届きましたよ。」
外に出ると、空はもう晴れていた。
港の風が頬を撫で、潮の香りがどこか懐かしい。
梓は胸ポケットから硝子片を取り出し、太陽にかざした。
光が反射して、波の上に一筋の輝きを描く。
まるでその光が、遠く札幌の空へと繋がっていくようだった。
――声は風になり、風は光を運ぶ。
そして光は、また誰かの声になる。
その循環の中に、確かに“紙袋の行方”の記憶が息づいていた。
梓は風に背を押され、次の町へと歩き出した。
今度は、誰かの声を聴くために。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週『声を継ぐもの』


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