翌朝。
小雨の残る石巻の港は、静かに潮の匂いを漂わせていた。
梓はFM局の編集室で、澪と並んで机に向かっていた。
昨夜再生したカセット――「風の便り」と書かれた未放送テープを前に、
二人はその内容の記録を解析していた。
「これ、放送用の番組じゃない気がしますね。」
澪がヘッドホンを片耳外しながら言った。
「構成もナレーションもなくて、ただ“宛名のない手紙”を朗読してる。
でも声の主は、明らかに訓練された話し方をしてます。」
梓は波の音が重なる部分を聞き返した。
確かに、朗読というより“語りかけ”に近い。
内容も断片的だ。
『……もし、この手紙が誰かに届くなら、
どうか風の音を聞いてほしい。
札幌から南へ渡り、今はここにいます。
声を継ぐ人に――届きますように。』
梓はペンを止め、目を閉じた。
祖母の硝子片。
宛名を消された封筒。
そして、この録音の“札幌”という言葉。
すべての線が、確実にひとつへ向かっている。
澪が机の引き出しを探りながら、古びた紙束を取り出した。
「これ、震災前の放送台本なんです。未放送のまま残ってた分。
たぶんこのカセットと同じ時期……でも、肝心の一枚が抜けてる。」
紙の端には「風の便り・第3回」と印刷されていた。
その次の「第4回」だけが存在しない。
「もしかして、あのテープが“第4回”だったのかもしれませんね。」
梓の言葉に澪は頷いた。
「でも、原稿がない。放送もされていない。
……どうして彼は、最後の回だけを“声だけで残した”んだろう。」
窓の外で、海からの風が吹き抜けた。
カーテンが揺れ、どこか遠くで船の汽笛が鳴る。
その音が、まるで声の続きを語るように響いた。
「澪さん、これ……」
梓は、台本の裏に押された印章を指さした。
【録音協力:風間信一】
二人は顔を見合わせた。
「――彼だ。」
長い旅の記録は、まだ終わっていなかった。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週『声を継ぐもの』


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