「図書室のあの短冊、やっぱり気になるんだよね」
放課後、長谷川華は再び図書室にいた。
職員の許可を得て、古い出席簿を見せてもらっていた。
目的はひとつ。
“くどう あおい”という名前が、かつてこの学校に在籍していたかどうかを確認すること。
ファイルをめくる。
2015年、2014年……2012年。
それらしき名前は見つからない。
諦めかけたとき、背後から声がした。
「何か、探してるのかい?」
振り返ると、用務員の北条さんがモップを肩に立っていた。
「こんにちは。すみません、少し昔の生徒のことを調べていて……」
「昔って、どのくらい?」
「たぶん……10年か、もう少し前くらいです。“くどう あおい”という名前に心当たりは?」
北条は少し首を傾げたあと、静かに言った。
「青井(あおい)さんなら、いたかもしれないな。漢字は違うが」
「青井さん……?」
「うん。“あおい”って子が、確かにいたよ。あれは……2010年の夏だったかな。転校してきて、すぐいなくなった」
「いなくなった、というのは?」
「家庭の事情だよ。母子家庭だったと聞いた。急に転居したって、職員室で噂になってね」
「それが“くどう あおい”さんだった可能性、ありますか?」
北条は少しだけ目を伏せて言った。
「名字が変わることはある。離婚とか、再婚とか。子どもの名簿には、時に“整理しやすい形”で記される」
その言い方は、どこか含みを持っていた。
「記録に残っていなくても、いた子はいたさ」
そしてこう続けた。
「問題は、“覚えているかどうか”じゃない。“忘れようとしてるかどうか”なんだよ」
華は黙ってうなずいた。
名簿に残らなかった名前。
でも、たしかに誰かの心には残っている名前。
それが、「願いごと」に記された“くどう あおい”の正体だったのかもしれない。
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紙袋の行方
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第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』


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