放課後の図書室。
生徒たちの姿が消え、窓の外からは山あいをわたる風の音だけが聞こえていた。
長谷川華は、昼間に見つけた短冊をもう一度取り出した。
「もういちど、おかあさんにあいたいです」
――くどう あおい
「くどう」という苗字には聞き覚えがある。
4年生に**工藤拓真(たくま)**という子がいたはずだ。
翌朝、偶然顔を合わせた拓真にそれとなく話を振ってみた。
「七夕、好き?」
「……あんまり」
そう言って目をそらす彼の姿に、どこか重たい影を感じた。
が、無理に聞くことはできなかった。
その日の午後、保護者懇談の準備で学校に来ていた拓真の母・弘美と校門ですれ違う。
「こんにちは、教育実習生の長谷川です。拓真くん、真面目ですね」
弘美は礼儀正しく微笑んだ。
「ありがとうございます。最近ちょっと元気ないのが気になっていて……」
「……何かありましたか?」
ふとした流れで、華は短冊の話を口にした。
「“くどう あおい”さんというお名前、ご存じないですか?」
弘美の手が、少しだけ止まった。
「……知りません。拓真にもそんな妹はいませんし、親戚にも」
それでも、どこかで“名前に反応した”ような一瞬の沈黙があった。
弘美は笑顔をつくりながら、こう続けた。
「でも、七夕って不思議ですね。願い事って、自分のものじゃないときもある。
誰かの代わりに、書くことも……あるかもしれない」
「代わりに、ですか?」
「そう。たとえば、“がんばってほしい”っていう願いじゃなくて、
“見守っててほしい”って意味で。
私の代わりに、そっとね」
弘美はそれだけ言って、校舎へと入っていった。
華は手元の短冊を見つめた。
この願いは、本当に“くどうあおい”のものだったのだろうか。
それとも――
誰かが、誰かの願いを“受け継いで”書いたのだろうか。
「願いごと」は、書いた本人だけのものとは限らない。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』


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