山形県鶴岡市。
梅雨明け間近の空は薄曇りで、湿った風が古い町並みをすり抜けていく。
宮本梓は駅から歩いて十五分ほどの場所にある、木造二階建ての小さな建物の前に立っていた。
入口の看板には、かすれた文字で「旧郵便取扱所」とある。
扉を押すと、鈴の音とともにひんやりとした空気が迎えた。
中には地元の資料を展示する小さな資料館のような空間が広がっている。
帳簿や古い秤、赤く錆びたポストの模型。
郵便がまだ“風の便り”と呼ばれていた時代の記録が、静かに眠っていた。
受付にいた中年の女性が顔を上げる。
「こんにちは。ご見学ですか?」
「ええ……祖母宛ての古い封筒を調べていて。ここで昔の郵便記録を保管していると聞いたんです」
女性は少し驚いたように目を見開いた。
「まあ、それは珍しいお話ですね。よければ、記録を見てみましょうか」
案内された奥の部屋には、手書きの投函台帳が並んでいた。
年月日ごとに整然と書き込まれた文字は、時間の層を感じさせる。
女性――名前は白石と言った――が、ゆっくりとページをめくる。
「このあたりでしょうか。昭和三十二年七月……札幌発、宛先不明のまま留置、差出人は“風間”という名字の方のようです」
「風間……」梓は小さく繰り返した。
秋田で見つけた、宛名を削られた封筒。
そこに刻まれた札幌の消印。
その差出人が“風間”――。
どこかで聞いたような名の響きに、胸の奥がざわめいた。
白石は記録を指さした。
「この方は札幌から山形、そして新潟方面へと移動していたようですね。当時の郵便記録にいくつか痕跡があります」
梓は封筒を取り出し、光にかざした。
その薄紙の向こうで、外の風が静かに吹き抜けた。
まるで過去の記憶が呼吸しているように。
「風間……札幌から……祖母は、その人を待っていたのかもしれません」
自分でも驚くほど自然に、そんな言葉が口をついた。
外では、海からの風が通りを抜け、どこか遠くへ続くように吹いていた。
梓は目を細め、その風の行き先を追うように視線を上げた。
――“風の便り”は、まだ終わっていなかった。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』


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