第13週『風の便り』第2話 ― 風の通り道

第13週『風の便り』

午後の鶴岡は、山と海のあいだを抜ける風が心地よかった。
町の外れを歩く梓の手には、白石から借りた郵便記録の写しがある。
そこには「昭和三十二年七月十七日 札幌発 風間信一 鶴岡留置」と書かれていた。

“風間信一”
梓はその名を何度も口の中で繰り返した。
祖母・幸子に宛てられた封筒。
差出人がこの名であるなら、札幌の教会で硝子を修復していたという男――
あの人と同じ時代、同じ地を旅していたのではないか。

小道の先には、古い郵便取扱所から続く旧道がある。
白石によれば、この道はかつて「風の通り道」と呼ばれていた。
山から吹く風が庄内平野を抜け、日本海へと抜けていく――
旅人が南北を往来した自然の街道でもあった。

梓は道端に腰を下ろし、封筒を取り出して風にかざした。
薄い紙が微かに震え、陽光が滲む。
その震えが、まるで何かを伝えようとしているように思えた。

「……おばあちゃん、あなたはこの風を覚えてる?」
思わず呟いたその声を、風がさらっていく。

背後で足音がした。
振り返ると、ひとりの青年が風に髪をなびかせて立っていた。
「すみません、その封筒……札幌の消印ですよね?」
突然の問いに、梓は少し身を強張らせた。

青年は名刺を差し出した。
「地元新聞の記者をしています。風間信一さんについて、取材をしていて」

――その名を、彼の口から聞くとは思わなかった。

梓は驚きながらも、心のどこかでそれを待っていた気がした。
風の通り道で出会った青年。
彼が持つ情報こそ、祖母の“風の便り”を繋ぐ鍵になるかもしれない。

「お話を、聞かせてもらえますか?」
梓の声は、風の音と溶け合って消えていった。

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第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

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