第12週 『消えた宛先の灯』第1話 ― 郵便資料室

第12週 『消えた宛先の灯』

秋田市立図書館の奥にある資料室は、外の夏の日差しとは別世界だった。
古い木の棚が並び、紙の匂いと埃の気配が濃く漂う。
小野寺彩乃は、半年前からここで未整理資料の整理を任されていた。

その日の午後、彼女は郵便関係の古文書をまとめていた。
革紐で束ねられた帳簿や黄ばんだ封筒が段ボールに詰め込まれている。
手袋をはめ、慎重に一枚一枚をめくっていった。

「……これは?」

指先に触れたのは、一通の封筒だった。
紙は茶色く変色し、宛名部分が丁寧に擦り消されていた。
鉛筆やインクではなく、ナイフのようなもので削り取られた跡。
それでも消し跡の下から、かすかに線の影が浮かんでいる。

裏返すと、消印がはっきり残っていた。
「札幌」
年号は判然としないが、昭和のものらしい。

彩乃は息をのんだ。
なぜ秋田の資料室に、札幌消印の宛名不明郵便が残されているのか。
偶然の迷い物なのか、それとも――。


そのとき、扉の向こうから足音が響いた。
「すみません、ここで作業していいですか?」
顔を出したのは、見慣れない女性だった。
旅行者のような雰囲気で、肩から大きな鞄を下げている。

「私は宮本梓といいます。祖母の記録を辿って旅をしていて……ここに古い郵便資料が残っていると聞いて」

彩乃は少し驚いたが、手に持った封筒を思わず握りしめた。
――奇妙な巡り合わせ。
彼女が見つけた封筒と、この旅人が探しているものは、もしかすると同じ線で結ばれているのかもしれない。

「……実はちょうど、こんなものを見つけたところなんです」
彩乃は机の上に封筒を置いた。
梓の瞳が鋭く光を帯びた。

「宛名が……消されてる」
「ええ。でも消印は札幌です」

二人は封筒を囲み、しばらく無言で見つめ合った。
外では夏の風が木々を揺らし、窓越しに蝉の声が途切れなく響いていた。
その音の向こうに、まだ知らぬ“北への道”が確かに続いている気がした。

next>> 第2話 ― 消えた宛先

第11週 『記憶を映す硝子』<< Previous  第5話 ― 記憶を映す硝子

紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

コメント

タイトルとURLをコピーしました