夜の秋田市街は、無数の灯で彩られていた。
竿燈の列が通りを埋め、巨大な竹竿に吊るされた提灯が風に揺れるたび、炎が星のように瞬く。
囃子の笛と太鼓が夜空に響き、人々の歓声が波のように広がった。
梓は人混みの中で足を止め、胸の奥で脈打つ鼓動を感じていた。
彩乃が隣で封筒を取り出し、そっと手渡す。
「今しかないわ。……灯に透かして」
梓は深く息を吸い込み、提灯の列に近づいた。
巨大な竿燈がゆっくりとしなり、頭上に迫ってくる。
提灯の光が間近に降り注ぐ瞬間、宛名を消された封筒を胸の高さに掲げた。
炎に透かされた紙の繊維が淡く光り、削られた宛名の下から影のような線が浮かび上がる。
梓の目はそこに吸い寄せられた。
「……“ミヤ”……?」
かすれた文字の端が、確かに見えた。
続きはまだ不鮮明だが、「宮」の文字が宛名に含まれていることは間違いない。
胸の奥に熱が込み上げる。
祖母の姓――宮本。
消された宛名は、やはり祖母へ向けられたものだったのか。
竿燈が大きく揺れ、無数の灯が宙を舞った。
その光に照らされた封筒は、さらに別の線を浮かび上がらせた。
「……子……」
ほんの一瞬、紙が熱を帯びるように光り、文字が現れては消える。
梓は息を詰めたまま、封筒を抱きしめた。
消された宛名の先にあるもの――それは祖母の影を越え、今の自分へ繋がっている気がした。
太鼓の音が轟き、竿燈が倒れる。
しかし、提灯の火は揺らめきながらも消えなかった。
職人の言葉が蘇る。
――灯は倒れても、芯に火は残る。
梓は目を閉じ、封筒の温もりを確かめた。
消えた宛名が、確かにまだ生きていると感じながら。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』


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