第12週 『消えた宛先の灯』第2話 ― 消えた宛先

第12週 『消えた宛先の灯』

翌朝、秋田市内の郵便局資料室。
分厚い扉を開けると、独特のインクと紙の匂いが漂った。
古い帳簿や投函台帳が、木の棚にぎっしり詰まっている。

彩乃と梓は、資料室の係員・山岸徹に案内されて机に座った。
山岸は五十代半ば、眼鏡越しの視線が誠実そうで、几帳面な手つきで古文書を扱う。

「宛名が削られた札幌消印の封筒……なるほど。確かに当時、宛先不明郵便として処理されたものかもしれません」
山岸は資料を手に取り、帳簿をめくりながら続けた。
「ここに記録がありますね。昭和三十二年七月。札幌発、秋田経由。宛先不明のため留置、後に廃棄予定――」

梓は身を乗り出した。
「差出人は?」
「ここには“北から南へ渡った人物”としか……おそらく、札幌から旅をしていた人の投函ですね。宛名がなぜ削られたかは記録にありません」

彩乃がそっと封筒を光にかざす。
削られた部分に、かすかに鉛筆の線が残っている。
まるで、名前が炎の中で溶けかけた痕跡のように。

梓は胸の奥でざわめきを覚えた。
祖母の硝子片に刻まれた「SAPPORO」の文字。
秋田で見つかった札幌発の宛名消失郵便。
すべてが繋がっている。

山岸がぽつりと呟いた。
「ただの封筒一枚ですが……宛名を消すのは、差出人の意志か、あるいは第三者の手か。いずれにせよ“消したい名前”があったということです」

その言葉が、梓の心に重く響いた。
守るために奪われた宛名――それは、祖母が果たせなかった約束に直結しているのかもしれない。

窓の外から太鼓の音が響いてきた。
近づく竿燈祭りの稽古の音。
梓はふと、灯に透かせば、この封筒の“消えた宛先”が見えるのではないかと直感した。

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第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

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