第16週『灯を継ぐ人』第1話 ― 灯台の来訪者

第16週『灯を継ぐ人』

千葉県銚子市。
空と海の境界が曖昧になるような午後、
宮本梓は、真っ白な灯台を見上げていた。
潮風が強く、髪を巻き上げ、手に抱えたノートのページをぱらぱらとめくる。

そのノートは、これまでの旅で出会った人々――
風の便り、声を継ぐもの、記録の余白――
そのすべてを一冊にまとめた、自分なりの「旅の記録」だった。

灯台のふもとに、小さな家が一軒建っている。
そこで梓を迎えたのは、穏やかな笑みを浮かべた老女だった。
白い髪を後ろでまとめ、薄いグレーのカーディガンを羽織っている。

「あなたが……梓さんね?」
柔らかな声だった。
「はい。宮本梓です。突然のご連絡、すみません。
“風の便り”という録音のことで、お話を伺えたらと思って。」

老女は目を細め、ゆっくりと頷いた。
「ええ……あの人のことを、知っているのね。」

部屋の中に入ると、壁一面に写真が飾られていた。
灯台、海、そして風見鶏のシルエット。
その中の一枚――若い頃の老女と、穏やかな目をした男性が並んで写っている。

「……風間信一さん、ですよね?」
「そう。あの人は、灯台の音を録りに来ていたの。
風の音と、光の響きを一緒に残したいって言ってね。」

老女の名は 緒方澄江(おがた すみえ)
かつてこの灯台の守り人であり、風間信一の最後の協力者だった。

梓は持ってきたノートを差し出した。
「私、これまで彼の“記録”を辿ってきました。
札幌、秋田、山形、宮城、茨城……
どの土地にも、“風の便り”という痕跡が残っていました。」

澄江はそのノートを丁寧に受け取り、指先でページをなぞる。
「……この文字。彼の書き癖に似ているわね。」

沈黙が流れた。
外では波が砕け、遠くで灯台の低い警笛が鳴った。

「梓さん、今夜ね――あの人の最後の録音を聴かせてあげる。」
澄江の声は静かだった。
「ずっと再生できなかったの。でも、あなたなら、きっと意味を見つけられると思う。」

風が窓を叩いた。
海の向こうから吹き抜けてきた潮風が、
まるで誰かが合図を送っているように、二人の間を通り抜けた。

梓は小さく頷いた。
「……はい。聴かせてください。」

灯台の上では、夕陽がゆっくりと傾き始めていた。
光は柔らかく、どこか祈りのように、海面を照らしていた。

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第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

第14週 『声を継ぐもの』

第15週 『記録の余白』

第16週 『灯を継ぐ人』

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