秋田市立図書館の奥にある資料室は、外の夏の日差しとは別世界だった。
古い木の棚が並び、紙の匂いと埃の気配が濃く漂う。
小野寺彩乃は、半年前からここで未整理資料の整理を任されていた。
その日の午後、彼女は郵便関係の古文書をまとめていた。
革紐で束ねられた帳簿や黄ばんだ封筒が段ボールに詰め込まれている。
手袋をはめ、慎重に一枚一枚をめくっていった。
「……これは?」
指先に触れたのは、一通の封筒だった。
紙は茶色く変色し、宛名部分が丁寧に擦り消されていた。
鉛筆やインクではなく、ナイフのようなもので削り取られた跡。
それでも消し跡の下から、かすかに線の影が浮かんでいる。
裏返すと、消印がはっきり残っていた。
「札幌」
年号は判然としないが、昭和のものらしい。
彩乃は息をのんだ。
なぜ秋田の資料室に、札幌消印の宛名不明郵便が残されているのか。
偶然の迷い物なのか、それとも――。
そのとき、扉の向こうから足音が響いた。
「すみません、ここで作業していいですか?」
顔を出したのは、見慣れない女性だった。
旅行者のような雰囲気で、肩から大きな鞄を下げている。
「私は宮本梓といいます。祖母の記録を辿って旅をしていて……ここに古い郵便資料が残っていると聞いて」
彩乃は少し驚いたが、手に持った封筒を思わず握りしめた。
――奇妙な巡り合わせ。
彼女が見つけた封筒と、この旅人が探しているものは、もしかすると同じ線で結ばれているのかもしれない。
「……実はちょうど、こんなものを見つけたところなんです」
彩乃は机の上に封筒を置いた。
梓の瞳が鋭く光を帯びた。
「宛名が……消されてる」
「ええ。でも消印は札幌です」
二人は封筒を囲み、しばらく無言で見つめ合った。
外では夏の風が木々を揺らし、窓越しに蝉の声が途切れなく響いていた。
その音の向こうに、まだ知らぬ“北への道”が確かに続いている気がした。
next>> 第2話 ― 消えた宛先
第11週 『記憶を映す硝子』<< Previous 第5話 ― 記憶を映す硝子
紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』


コメント