第11週 『記憶を映す硝子』第1話 ― 割れた硝子

第11週『記憶を映す硝子』

長崎の夏は、坂道の石畳に熱を閉じ込める。
宮本梓は額の汗を拭いながら、祖母の家の物置の鍵を回した。
亡き祖母の遺品整理はもう何度目かになるが、奥の棚にまだ段ボールが積まれている。

古い箱をひとつ引き出し、蓋を開けると、色褪せた手帳や布切れ、陶器の欠片が雑多に入っていた。
その底に、小さな包みを見つけた。和紙に包まれ、糸で緩く結ばれている。

そっとほどくと、中から出てきたのはステンドグラスの小さな破片だった。
縦2センチ、横3センチほど。青と赤の色が入り混じり、光にかざすと複雑にきらめく。
ただのガラス片――そう思ったが、角にかすれた白い線が浮かんでいるのに気づく。

「……SAPP」

アルファベットの一部。
光の角度を変えると、続きの文字は途切れていたが、梓は直感した。
――これは「SAPPORO」、札幌の文字。

なぜ長崎の祖母の家に、札幌の文字が入った硝子片があるのか。
梓は首を傾げ、もう一度光に透かした。
赤い部分が夕陽のように輝き、青い部分は宵闇のように深い。
まるで、硝子そのものが記憶を映し出そうとしているかのようだった。

その瞬間、玄関から兄・智彦の声が響いた。
「梓、まだやってたのか。もう十分だろ、遺品整理なんて」
「……兄さん、ちょっと見て。これ」
硝子片を差し出すと、智彦は一瞥して首を振った。
「ただのガラスじゃないか。危ないから捨てろ」
「でも、“SAPP”って文字が……」
「いい加減にしろよ。過去を掘り返しても仕方ない」

智彦はそれだけ言い残し、家を出て行った。
残された梓は、硝子片を掌に載せたまま立ち尽くす。
――ただの欠片か、それとも祖母の過去に繋がる手がかりか。

ふと、窓から差し込む光が硝子を貫いた。
壁に映し出された光の模様は、歪んだ文字のように揺れた。
梓は胸の奥に小さな震えを覚えた。

それは確かに、祖母が伝え残そうとした“記憶のかけら”だった。

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