週明けの午後、梓は勤務先の美術館の展示室に立っていた。
夏の日差しがステンドグラス越しに床へと色彩を落とし、赤・青・緑の光が静かな影を揺らしている。
観光客のざわめきが遠ざかると、展示室にはガラスを透けた光だけが残った。
ポケットから祖母の遺した硝子片を取り出し、そっと掌に載せる。
展示ケースの前で角度を変えると、欠けたガラスの中に、展示品と同じ鮮やかな光が差し込んだ。
一瞬、祖母の視界を借りたような感覚に包まれる。
「割れても、光を通す」
低い声に振り向くと、展示を見に来ていた神父が立っていた。
白髪混じりの穏やかな顔に、深い皺が刻まれている。
「ステンドグラスは、どんなに欠けても光を拒まない。だからこそ、人の祈りを映すのです」
梓は胸の奥が震えた。
祖母が果たせなかった約束。硝子片に刻まれた「SAPPORO」の文字。
欠けていても光を通すなら、その思いは今も残っている。
神父は微笑み、展示室を後にした。
残された梓は、硝子片を光に透かし、心の中で祖母に語りかけた。
「おばあちゃん……本当は、どんな旅をしようとしたの?」
赤い光が指先を染め、青い影が床へと落ちる。
まるで、硝子片そのものが答えを示しているようだった。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』


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