第11週 『記憶を映す硝子』第3話 ― 幸代の証言

第11週『記憶を映す硝子』

数日後の午後、梓は祖母の友人である藤堂幸代の家を訪ねた。
古い町並みの中にある平屋建て。縁側に風鈴が揺れ、風が通り抜けるたびに涼やかな音を立てていた。

「まあ、梓ちゃん。久しぶりね」
幸代は小柄な体に淡い色の着物をまとい、昔と変わらない穏やかな笑顔を浮かべた。
「お祖母様のこと、まだ整理してるんでしょう?」

梓は頷き、懐から硝子片を取り出した。
「これ、祖母の遺品から見つけました。……何かご存じありませんか?」
幸代は光にかざし、しばらく沈黙した後、小さく息をついた。

「覚えてるわ。この硝子は、戦後まもなく長崎に来た札幌の人が持ってきたものよ」
「札幌の……?」
「ええ。教会の修復に携わっていた人。壊れたステンドグラスの一部を、大事に抱えていた。あの人は“これは北の光を映す窓のかけらだ”って言ってたわ」

梓の胸に、強い衝撃が走った。
祖母の遺品に札幌の文字。幸代の証言。すべてがひとつに繋がっていく。

「祖母と、その人は……どういう関係だったんですか?」
幸代は少し視線を伏せ、言葉を選ぶように答えた。
「深い話はしなかったけれど……お祖母様は、あの人を待っていたと思う。硝子を預かったのも、きっと“いつか北へ”という約束の印だったんでしょう」

梓はそっと硝子片を握りしめた。
祖母はなぜ、その約束を果たせなかったのか。
そして、硝子を遺品として残したのは、果たせなかった思いを伝えるためだったのか。

幸代は縁側の外を見やり、静かに言った。
「硝子は割れても、光を通すわ。……お祖母様の気持ちも、きっとどこかでまだ光ってる」

梓は胸の奥に温かさと切なさを同時に感じながら、深く頷いた。
硝子片の奥に、確かに“北の光”が揺れている気がした。

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紙袋の行方

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第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

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