翌日の午後、美和はアパートの前で地図を片手にうろうろしている男性に声をかけられた。
「すみません、この建物……“琴ヶ丘荘”って名前で合ってますか?」
声の主は、ラフなシャツにジーンズの中年男性。
年の頃は30代後半。人懐っこそうな笑顔と、どこか“人を見る目”を持った視線。
「はい、私ここに住んでます。最近引っ越してきたばかりなんですけど……」
「あ、よかった。僕、吉村航っていいます。地元の歴史研究会でガイドをしてるんですけど、昔この建物に関する記録を調べてたことがあって。今ちょっと確認したくて寄ってみたんです」
美和は彼を少し不思議に思いながらも、興味が勝った。
「このアパート、そんな記録が残ってるほど古いんですか?」
「ええ。戦後すぐの昭和20年代、元は製缶工場の社宅だったらしいんです。それが後に個人所有になって、“琴ヶ丘荘”って名前になった。あんまり有名じゃないんですけど、何件か変わった話が残ってて」
「変わった話?」
「入居者に“毎月決まった日に贈り物を届ける”っていう人がいたんですよ。名前は記録に残ってないけど、地元じゃ“影送り”って呼ばれてて」
「それって……どんな贈り物だったんですか?」
吉村は少し考えてから答えた。
「中身は毎回違ってたらしいですけど、袋は必ず白地に紺の水玉模様。中には古い切符や鍵、栞、写真なんかが入ってたって……」
――間違いない。
美和は、自分の部屋に届いた紙袋の柄を思い出しながら、背中がうっすら冷えるのを感じた。
「それ、今でも……続いてたり、するんでしょうか」
吉村は少しだけ困ったような顔をした。
「記録としては、20年前で途絶えてるんです。でも、僕はね……“続いてる”と思ってるんです。誰かが、それをやめられずにいるんじゃないかって」
なぜか、その言葉が美和の胸の奥にすとんと落ちた。
それは“誰かのため”じゃなくて、“自分のため”に続けている行動のように思えたから。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』


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