第1週『見えない鍵』第3話 ― つけられた足音 ―

第1週『見えない鍵』

午後、洗濯物を干していると、階下から物音がした。
アパートの1階には一人暮らしの主婦が住んでいると、大家の沢口さんから聞いていた。名前は中川鈴。まだ若いが、夫は単身赴任で不在らしい。

ちょうど物干し場の下で、背の低い女性が洗濯かごを抱えているのが見えた。色のないグレーのカーディガン。顔立ちは整っていたが、どこか神経質そうに見える。

「こんにちは。昨日、上に引っ越してきた遠山です」

軽く声をかけると、女性はピクリと肩を揺らし、顔を上げた。

「あ……あの、こんにちは……」

それだけで、すぐに視線を逸らされた。
無理に話すのも悪いかと、美和は会釈だけして引っ込もうとしたが、ふと気になって聞いた。

「昨日の夜、誰かが階段の下に紙袋を置いたみたいなんです。……鈴さん、何かご存じですか?」

女性の顔に、かすかな動揺が走った。唇をきゅっと引き結ぶと、数秒沈黙してから答えた。

「いいえ……私、夜は早く寝ているので」

言い終わると、そそくさと洗濯かごを持って部屋へ戻っていった。
その後ろ姿が、不自然なほど早かった。

その夜、美和は階段の音に敏感になっていた。

午後8時を過ぎた頃、また「コトン」という物音が響いた。
息を殺してドアを開けると――今度は、何もなかった

しかし、階段の下のコンクリートに、かすかに濡れた足跡のような痕が残っていた。

誰かが来て、何も置かずに去ったのか。
それとも、ただの雨の跡か。

いや――
美和は胸の内で否定した。

この部屋には、何かが“届けられ続けている”
それは物ではなく、何かもっと曖昧で、記憶に似たもの。

そして、届けているのは――まだ誰にも顔を見せていない“誰か”だ。

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紙袋の行方

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