第4週『買い取ってない品』 第5話 ― 忘れられた依頼主 ―

第4週『買い取ってない品』

その日、閉店後の店内に、静かな時間が流れていた。

亜希は帳簿を閉じ、電卓を片づけながら、ふと棚の方へ目をやった。
例の小皿は、誰にも触れられることなく、そっとそこにある。

「……売らない棚も、悪くないですね」

そうつぶやくと、後ろから柴田の声がした。

「志乃、来たのか」

「はい。自分で名乗られました」

「そうか……」

しばしの沈黙。

「彼女、あの皿を“返した”って言ってました」

「そうだろうな。あれは、本当は“あげた”つもりじゃなかった」

亜希は振り返った。

「じゃあ、なぜ渡したんですか?」

柴田は、店の奥の灯りを消しながら、答えた。

「多分、“区切り”が欲しかったんだ。関係が続くより、品を通して終わらせたほうが、優しかったような気がして」

「……でも、彼女はそうは思っていなかったようです」

「わかってる。ずっと、何かを謝りそびれたままだった」

柴田はレジ横の古い引き出しから、黄ばんだメモ帳を取り出した。
そこには、数年前の走り書きのようなメモがあった。

「この皿は、贈り物ではありません。
渡したのは、伝える言葉が見つからなかったからです」

日付も署名もない。
でも、その筆跡は、たしかに柴田のものだった。

「書いたけど、渡せなかった。情けない話だけどな」

亜希は、そのメモを見つめながら言った。

「でも……伝わったんじゃないですか。
彼女はもう、“記録されないままの存在”じゃない」

柴田は、少し目を伏せた。

「この店って、たまに“物のふりをした手紙”が届くことがあるんだ」

「手紙……?」

「言葉にできなかったこと、伝えそびれたこと、渡せなかった気持ち。
そんなものが、皿や湯呑みや時計にすり替わって、ふっと棚に置かれてる」

そしてこう続けた。

「そのとき、それをちゃんと受け取れる人がいれば、記録には残らなくても、“記憶”には残る」

“忘れられた依頼主”など、本当は誰もいないのだ。
気づく人がいれば、それで十分。

帰り際、亜希はもう一度、小皿を見つめた。
ほんのわずかに光る金の縁が、店内の灯りに溶け込んで、まるで口をつぐんだ笑顔のように見えた

それは、語られないまま交わされた、ふたりの“最後のやりとり”だった。

『買い取ってない品』fin.

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