午後、ひと段落した店内で、山瀬亜希は買い取り台帳を再度めくっていた。
日付順に記載された品目、数量、買い取り価格、そして依頼主の名前――
だが、やはり「青磁・梅紋小皿」の記録は、どこにもない。
そのとき、パートの小坂朋子が戻ってきた。
「ただいま〜。あら、どうしたの? 難しい顔して」
「この小皿、棚にあったんですけど、台帳に載ってなくて……。昨日の買い取り分かと思ったんですが、違うって」
「……ああ、それ、もしかして“あの電話のやつ”かもね」
「電話?」
朋子は思い出すように手を打った。
「一昨日の夕方、閉店間際にね、“名前を出さずに品を置いてきた”って電話があったのよ。“見覚えのあるはずだから、それでいい”って」
「えっ、それって、いつ誰が持ってきたって……?」
「詳しくは言わなかったの。ただ、“以前、そちらで扱っていた物です”って。それだけ」
まるで、誰かに伝えるというより、“確かめるだけ”のようなやり取りだったという。
「柴田さん、何も言ってませんでしたか?」
「……言わないでしょうね。ああいうときの店主は、過去のことになると口が堅いから」
その言葉に、亜希の中でひとつの仮説が芽生える。
――もしかして、この皿を持ってきたのは、かつてこの店に関わった誰かなのでは?
その夜、閉店作業を終えてシャッターを下ろしたとき、亜希は一枚の貼り紙を見つけた。
紙にはこう書かれていた。
「この皿、返します。あの時、もらうべきじゃなかった。
名前は、書きません」
震える手書きの文字。
でも、その文字に、見覚えがあった気がした。
誰だったかは思い出せない。
でも、“見たことがある”気がする。
記録にない品、名前を名乗らない依頼、返された皿。
何かが、過去から這い戻ってきていた。
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