翌朝、美和は目覚ましのベルより早く目を覚ました。夢を見ていた気がする。暗い廊下、紙袋、そして姉の声。だが目覚めた瞬間、その声だけが鮮明に残り、内容はすっかり消えていた。
昨夜の紙袋と鍵は、食卓の上に置いたままだった。光に照らされて見ると、やはり見覚えがある。鍵ではない、紙袋の柄だ。
――これ、昔……家にあった。姉がよく使っていた、お気に入りの店の包装だったはず。
けれどその店の名前も、場所も思い出せない。東京だったか、どこか地方だったか。
モヤモヤを抱えたまま、美和は散歩がてら近所のカフェへ向かった。地元で評判だと聞いた「カフェ・こもれび」は、築80年の古民家を改装した小さな店。木の扉を開けると、カウンターの向こうから穏やかな女性の声が響いた。
「おはようございます。あら……初めてのお顔ですね」
声の主は、店主の白石陽子。40代前半くらい。笑顔には温かみがあるが、どこか影が差しているようにも見えた。
「昨日、近くに引っ越してきたばかりで。小樽って、静かでいいですね」
「そうでしょう? 冬の小樽は特に、時間がゆっくり流れますから」
席につき、ブレンドコーヒーを注文した。会話は途切れがちだったが、妙な心地よさがあった。
帰り際、美和はふと聞いた。
「この辺に、昔“水玉模様の紙袋”を使ってた雑貨屋さん……ありましたか?」
陽子は、一瞬だけ表情を止めた。ほんの数秒。そのあとで、ごく自然な声に戻った。
「さあ……記憶にないですね。私、雑貨には疎いので」
その声が、まるで用意された答えのように感じられて、美和は一瞬胸がざわついた。
帰宅後、鍵をもう一度手に取った。
重みは昨夜と同じ。でも、自分の心の中で、その意味が少しずつ変わり始めている気がした。
――これは偶然じゃない。
この街に越してきたことも、この鍵が届いたことも、そしてこの紙袋も。
すべてが、どこかで“仕組まれていた”ような気がしてならなかった。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』


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