第17週『約束の残響』第4話 ― 音を継ぐ手

第17週『約束の残響』

翌朝、窓の外では雪が舞っていた。
山の空気は張りつめ、スタジオの屋根をかすめる風が低く鳴っている。
梓は机に置かれたノートパソコンの画面を見つめながら、
風間の声が残った“残響の波形”を繰り返し再生していた。

「……“まだ続けて”。
 この言葉、誰に向けて言ったんでしょう。」
梓の呟きに、蓮は少し考えてから答えた。

「たぶん、祖父です。
 風間先生と祖父は、“記録を人の手に戻す”という約束をしていたんです。」

「人の手に……戻す?」

「はい。データや機械じゃなく、“音を聴く人”に直接渡す形で。
 そのために、このアナログスタジオを残したらしいです。」

蓮は机の上の古い録音デッキを指でなぞった。
「でも、祖父は最後まで“再生”できなかった。
 “この音は、聴く覚悟のある人にしか聴こえない”って言ってました。」

梓は静かに息を吸った。
灯台で澄江が言っていた言葉が、心によみがえる。
――“思い出した人が、次の灯をともす”。

風間が残した音は、ただの記録ではない。
受け取った人が“行動するための信号”なのだ。

「……蓮さん、これを再生できる環境を、もう一度整えましょう。
 この音を“届ける”必要があります。」

蓮は驚いたように顔を上げた。
「届ける……どこに?」
「この音が生まれた場所。
 あるいは、聴くべき人のいる場所。
 ――風の続くところへ。」

蓮は一瞬の沈黙のあと、ゆっくりと笑った。
「わかりました。
 祖父が言っていた“音を継ぐ手”は、
 もしかしたら、あなたのことかもしれません。」

外の風がガラス窓を叩いた。
雪混じりの風の音が、録音デッキのノイズと重なり、
まるで新しい旋律のように響いた。

梓はその音を聴きながら、
ノートに一行書き加えた。

『音は消えることで、誰かの心に届く。』

そして、ペンを置いた。
「……風間さん、次は私の番ですね。」

next>> 第5話 ― 約束の残響

<< Previous  第3話 ― 約束の残響

紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

第14週 『声を継ぐもの』

第15週 『記録の余白』

第16週 『灯を継ぐ人』

第17週 『約束の残響』

コメント

タイトルとURLをコピーしました