夜、山の空気はさらに冷たくなり、
窓の外では木々がざわめいていた。
スタジオの中は、古い機材の熱でほんのり暖かい。
蓮はパソコンの前に座り、波形を拡大していた。
「……見てください、ここ。」
モニターの上に表示された音の波。
途中で音が消えたはずの空白に、
ごくわずかだが微細な振動が残っていた。
「これ、ノイズじゃない。
風の成分だけが、一定のリズムで繰り返されてます。」
梓はモニターをのぞきこみ、
小さく息を呑んだ。
「これ……声みたい。
人が“息を吸う瞬間”に似てる。」
蓮は頷いた。
「祖父のノートに書いてありました。
“残響とは、声の記憶である”って。
風間先生は、声そのものよりも、
“声が消えた後の余白”を記録したかったんじゃないかと。」
梓の指先が震えた。
灯台で聴いた“光の手紙”。
あのときも、最後に風間の声が消えたあと、
確かに何かが“残っていた”――静寂の中の息づかい。
「もしかして……これは“約束の音”かもしれません。」
「約束?」
「ええ。風間さんは、“音は消えても届く”と言っていました。
この残響の中に、まだ言葉が残ってる。
聞こえないけど、そこにある。」
蓮はヘッドホンを手渡した。
「聴いてみてください。あなたの耳で。」
梓がヘッドホンをつけると、
わずかな風の音の奥に、
かすかな囁きが混ざっていた。
『……まだ、続けて。』
一瞬、心臓が跳ねた。
確かに聞こえた――風間の声。
記録の中に、風の中に、
彼はまだ生きていた。
梓は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「……これが、約束の残響。」
蓮は黙って頷く。
モニターの光が二人の顔を照らし、
静寂の中で小さな波形が脈を打っていた。
外では、風が再び強く吹いた。
その音がまるで、録音の続きを奏でるように響いていた。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週 『声を継ぐもの』
第15週 『記録の余白』
第16週 『灯を継ぐ人』
第17週 『約束の残響』


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