第17週『約束の残響』第2話 ― 消えた波形

第17週『約束の残響』

スタジオの奥、古い機材室には
今にも壊れそうなモニターと録音デッキが並んでいた。
蓮が慎重にコードを繋ぎ、
埃を払いながら電源を入れると、
機械の唸りとともにモニターがゆっくり光を灯した。

「このデッキだけは、まだ生きてるんです。」
蓮はテープをセットし、再生ボタンを押した。

スピーカーから流れたのは、
ノイズ混じりの風の音と、微かに響くピアノの音。
どこかで聴いたことのある旋律――
梓は胸の奥がざわめくのを感じた。

だが、曲が盛り上がる直前、
音がふっと途切れた。

「……ここで、止まるんです。」
蓮が静かに言う。
「波形データを見ても、途中で音が完全に消えてる。
 ノイズでも欠損でもなく、まるで“意図的に消された”みたいなんです。」

梓はモニターに映る波形を見つめた。
確かに、一定の長さの空白がそこにある。
まるで音が“呼吸を止めた”かのように。

「風間さんが、消した……?」
思わず呟くと、蓮が頷いた。
「祖父が言ってました。
 “風間先生は、残すよりも、消すことに意味を見出していた”って。」

沈黙がスタジオに降りた。
ノイズが再び小さく響き始め、
風の音が遠くから混ざり込む。

梓はヘッドホンを外し、
深く息を吸い込んだ。
「消えた部分……これは、録音じゃない。
 風の音そのものを“残響”として記録してるんです。」

蓮が目を見開く。
「つまり、先生は――“無音の音”を残した?」
「ええ。
 たぶん、そこに“約束”の意味が隠れてる。」

その言葉に、蓮は小さく笑った。
「……風間先生らしいですね。
 いつも、答えを録らずに残す人だったって聞いてます。」

外では、山の風が再び強くなり、
屋根をかすめて吹き抜けた。
その音が、まるで失われた波形の続きを奏でているようだった。

梓は静かに言った。
「この“無音”の先に、きっとまだ何かがある。
 それを聴かなきゃ、旅は終われない。」

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