第16週『灯を継ぐ人』第4話 ― 光の記録

第16週『灯を継ぐ人』

夜明け前の空は、深い青の底にわずかな光を含んでいた。
灯台の灯はまだ消えず、海面の上でゆっくりと揺れている。
風が止み、波の音だけが静かに響いていた。

録音が終わったあとも、梓と澄江はしばらく灯室に残っていた。
テープのリールが止まり、金属の軋む音さえも止まると、
空間はまるで“時間の外側”に置かれたような静けさに包まれた。

澄江が口を開いた。
「――風間さんがこの録音を残した理由、わかる気がするの。
あの人はね、“記録は過去を留めるためのものじゃない。
未来に風を吹かせるために残すんだ”って言っていたわ。」

梓はゆっくり頷いた。
「……確かに、どの土地でもそうでした。
手紙も、声も、記録も――
消えるためじゃなく、次に繋ぐために残されていた。」

彼女は旅のノートを取り出し、ページを開いた。
そこには、秋田の封筒、山形の風、宮城の声、茨城の記録……
それぞれの物語の断片が、まるで地図のように並んでいる。

「風間さんは、この灯台を“終わりの場所”じゃなく、“始まりの灯”にしたかったのね。」

澄江は微笑み、頷いた。
「そう。だからこの灯台は、今も光り続けているの。
人の記録も同じ――光を灯すことで誰かの心に残る。
あなたがここに来たのも、あの人が残した光に導かれたのよ。」

梓は手の中の硝子片を見つめた。
光が差し込み、虹色の反射がノートの上を滑る。
その光の中で、ひとつの文章が浮かび上がる。

『光は記録を越えて、人の中に残る。』

まるで風間が最後に書き残した言葉のようだった。

梓は深く息を吸い込み、ペンを取った。
「――風の記録は、光になって続いていく。
私も、その続きを書きます。」

彼女がノートに書いた文字は、灯台の光を受けて柔らかく輝いた。
澄江はその様子を静かに見守っていた。

窓の外、空の端がわずかに白み始める。
海と空の境目が消え、朝の光がすべてを包み込む。

それは、記録が“記憶”へと変わる瞬間だった。

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紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

第14週 『声を継ぐもの』

第15週 『記録の余白』

第16週 『灯を継ぐ人』

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