第16週『灯を継ぐ人』第2話 ― 灯の守り人

第16週『灯を継ぐ人』

夜の帳がゆっくりと降り、銚子の灯台が光を放ち始めた。
海の黒い輪郭をなぞるように、灯りが規則正しく回転している。
波の音と風の音が交じり合い、まるで世界全体が呼吸しているようだった。

梓は、灯台のふもとの小さな部屋で老女・緒方澄江と向かい合っていた。
テーブルの上には古びた録音機。
金属のボディに小さな傷がいくつも刻まれている。
「これが……風間信一さんの最後の録音機ですか?」
「ええ。あの人が“光の音”を録ろうとしていたときに使っていたの。」

澄江は、懐かしむように機材の表面を撫でた。
「風間さんはね、こう言っていたの。
“光は声よりも遠くまで届く。
だから、もし声が途切れても、光に託せばいい”って。」

その言葉に、梓の胸が静かに熱くなった。
“声を継ぐもの”で聴いた録音にも、
同じような言葉が残っていたことを思い出したからだ。

澄江は窓の外を見ながら、続けた。
「あの人は、この灯台の音を録るとき、必ず最後にこうしたの。
光が海を照らす瞬間、マイクを窓辺に向けるの。
それが“風と光の合奏”になるって言ってね。」

梓は小さく笑みをこぼす。
「風間さんらしいですね。記録じゃなく、詩のようです。」

澄江も笑った。
「ええ、あの人は科学者でもあり、詩人でもあったのよ。
けれど、録音を終えた次の週――
彼はどこかへ旅立って、二度と戻らなかった。」

一瞬、風が強く吹きつけ、窓ガラスが鳴った。
灯台の光が二人の顔を照らし、また闇へと戻る。
その瞬間、梓は思った。

――この灯を守る人もまた、“想いを継ぐ人”なのだ。

澄江は静かに椅子から立ち上がった。
「今夜、深夜の潮が満ちるころ。
灯台の中で、あの人の最後の録音を再生しましょう。」

梓は頷いた。
外の海はすでに闇に溶け、
灯台の光だけが、遠くの水平線を確かに照らしていた。

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紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

第3週 『宿帳の余白』

第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

第11週 『記憶を映す硝子』

第12週 『消えた宛先の灯』

第13週 『風の便り』

第14週 『声を継ぐもの』

第15週 『記録の余白』

第16週 『灯を継ぐ人』

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