午後、港から吹く潮風がスタジオの窓を揺らしていた。
梓と澪は、放送原稿に記されていた協力者の名を頼りに、
旧郵便局舎を改装した「石巻メモリアル資料館」を訪れていた。
中は静かで、古い機材や通信記録が展示されている。
壁には古い郵便ポスター、テレグラフの送信器、そしてラジオの受信機。
その奥に、一人の男性がいた。
白髪混じりの髪を後ろで束ねた中年の管理人――伊東 駿。
澪が声をかける。
「すみません、こちらに“風間信一”さんという方の記録が残っていると聞いたんですが……」
伊東は少しだけ目を細め、静かに頷いた。
「ええ。あの人はここによく来ていました。
ラジオの音を録りにね。風の音、波の音、人の声。
“声は時間の影だから”と言っていたよ。」
「声は時間の影……?」
梓はその言葉を繰り返した。
伊東は棚から古びた録音ノートを取り出した。
中には丁寧な筆記体でびっしりとメモが残されている。
【札幌 → 秋田 → 山形 → 宮城】と書かれた線。
旅の経路のようだ。
「彼は、旅をしながら録音していた。
“風の便り”という連続企画を作るためにね。
各地で出会った人たちの声を集めていたんだ。」
梓の胸が高鳴る。
「札幌から南へ……祖母と同じ道を……」
伊東は微笑んだ。
「そう。彼は“宛名のない手紙”を読む人を探していた。
受け取る相手がいなくても、声にすれば届くと信じていたんだ。」
澪が小さく呟いた。
「だから、あの録音には“札幌から”という言葉が……」
伊東はうなずき、机の引き出しを開けた。
そこにはもう一本、ラベルの貼られていないテープがあった。
【未再生】
「これが、彼が最後に残したものです。
再生はまだ誰もしていない。」
梓は指先が震えるのを感じた。
風間信一が、最後に録音した“声”。
それはきっと――祖母の記憶と繋がるもの。
「聞かせてもらえますか?」
梓の声は、波の音に溶けて消えた。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』
第13週 『風の便り』
第14週『声を継ぐもの』


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