夕暮れ、秋田市の大通りでは竿燈祭りの稽古が始まっていた。
何十もの提灯を吊るした竹竿が夜空に向かって立ち、ゆっくりと揺れている。
囃子の笛と太鼓の音が響き、街の空気は熱を帯びていた。
梓と彩乃は人混みを避けて路地に入り、竿燈を担ぐ人々を見守っていた。
その脇で一本の竿を調整していた老職人が声をかけてきた。
「観光かね?」
「いえ……少し調べものをしていて」
彩乃が答えると、職人はにやりと笑った。
「竿燈はな、倒れてもいいんだ」
「倒れても……いいんですか?」梓が聞き返す。
「そう。大事なのは灯だ。竹が折れても、竿が倒れても、提灯に火さえ残れば、次にまた立てられる」
その言葉に、梓の胸がざわめいた。
――灯は消えても、芯に火が残る。
消された宛名の封筒も、祖母が残した硝子片も、欠けてなお何かを伝えている。
職人は、竹の節を確かめるように撫でながら続けた。
「人も同じさ。表の名前は消えても、心の奥の火は消えん。だから祭りの灯は、人の願いを映すんだ」
梓は無意識に鞄から硝子片を取り出し、提灯の光に透かした。
赤と青の光が揺れ、封筒の削られた宛名と重なった。
消されたはずの文字の奥に、まだ火が残っている――そう思えた。
彩乃が小さく呟く。
「この灯に透かせば……宛名も浮かぶかもしれない」
祭りの熱気の中で、梓は封筒を握りしめた。
明日の夜、本番の竿燈の下で試してみよう――そう決意する。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』
第11週 『記憶を映す硝子』
第12週 『消えた宛先の灯』


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