第11週 『記憶を映す硝子』第5話 ― 記憶を映す硝子

第11週『記憶を映す硝子』

夜の長崎港は、船の灯が静かに水面を揺らしていた。
梓は祖母の遺品から見つけた硝子片を掌にのせ、港の光にかざしてみた。
青と赤が混ざり合い、きらめきが夜の波に重なる。

数日前、美術館で神父が言った言葉が蘇る。
――割れても、光を通す。
その通りだ。
欠けた硝子でも、確かに光を掬い、色を宿す。

机に広げた祖母の古い手紙を見返す。
そこには「北へ」「港」「硝子」という断片が繰り返し書かれていた。
そして最後の一枚。滲んだインクの行間に、小さな押印があった。
《札幌 教会》
薄れて判読しづらいが、確かにそう刻まれている。

梓の胸に冷たい衝撃が走った。
祖母が待っていたのは、長崎の地で出会った「札幌から来た人」だったのだ。
その人が携えていたステンドグラスの破片――。
祖母は約束を果たせなかった代わりに、その硝子を遺した。

「おばあちゃん……」
梓はそっと硝子片を光に透かした。
壁に映った色は、不完全ながらも鮮やかに広がった。
祖母が伝えられなかった想いは、確かにここに残っている。

兄・智彦が帰ってきて、梓の横に立った。
「まだ、その硝子を持ってたのか」
「うん。でも、これはただの欠片じゃない。祖母が残した記憶だよ」
智彦はしばらく黙り、やがて小さくうなずいた。
「……札幌に行くのか」
「ええ。行かなくちゃ。祖母の代わりに」

硝子片をポケットにしまい、梓は宍道湖ではなく、北の空を思い描いた。
札幌の教会。その窓に、かつては同じ硝子が嵌め込まれていたはず。
そこへ行けば、祖母が果たせなかった“記憶の旅”がつながるのだろう。

夜風が吹き、港の灯りがまた揺れた。
その揺らぎの中に、梓は確かに祖母の影を見た。
欠けても消えない光は、これから彼女自身を導いていくのだ。

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