南雲真は、午前の骨董市を早々に切り上げて店に戻った。
港から少し離れた路地裏、看板も控えめな「南雲古道具店」。
引き戸を開けると、埃をかぶった古机の上に、未整理の皿やカップが積まれている。
棚の奥から、明治の頃のランプがひとつ、薄暗がりの中で金属の光をぼんやり返した。
真は古い桐の箪笥を開け、昨日仕入れた漆塗りの盆を取り出す。
端に細い傷がある。傷は、物語を持つ証拠だ――そういう思いが、店を続ける理由のひとつだった。
昼過ぎ、店の常連の吉岡がふらりと入ってきた。
「おう、真。昨日の市、ええもんあったか?」
「まあ、ぼちぼち」
「南雲の妹さん、来とったで」
真の手が止まった。
「……妹?」
「そうよ。陶片を買って帰っとった。唐草の、ほら……おまえらが昔作っとった茶碗に似とるやつや」
吉岡は何気なく言い、棚の奥を覗き込んでいる。
真は何も返せなかった。喉に言葉が引っかかって動かない。
あの茶碗のことは、ずっと胸の奥で封じていた。
小学生の夏休み、二人で通った陶芸体験教室。
不器用な自分が、初めて形にできた飯椀。
奈央は「きれい」と笑ってくれた。
数日後、その茶碗は割れていた。
父母が駆けつけ、奈央は泣きそうな顔で俯いていた。
「俺が落とした」――そう言ったのは真だった。
奈央を守ることより、自分の作品を守ることより、咄嗟にそうした。
なぜそうしたのか、今も説明はできない。ただ、それが自然だった。
吉岡が帰ったあと、真は店の奥から木箱を引っ張り出す。
中には、割れた茶碗の残骸が二片だけ残っていた。
形は不揃いだが、唐草模様の一部がまだ鮮やかだ。
縁の内側には、幼い字で「ななお」と書かれた紙片が糊で貼られている。
本当は、その紙を渡すつもりだった。
割ったのはお前じゃない、という証として。
でも、その日も、その翌日も、言えなかった。
木箱の底には、もうひとつ小さな包みがある。
昭和六十二年の日付が入った北海道新聞の切れ端。
あの日、骨董市で偶然手に入れた包み紙で、欠片を包んだだけのもの。
土地や日付に意味はなかった――少なくとも、あのときは。
だが、昨日、奈央が持ち帰った陶片がもし自分の欠片とつながるなら。
それは、長い時間のなかで別れた二つの記憶が、またひとつになるということだ。
夕方、港からの風が強くなり、ガラス戸がカタカタと鳴った。
真は木箱をそっと閉じた。
明日、奈央が来るかもしれない。
来ないかもしれない。
それでも――来たなら、今度こそ言おう。
そして、唐草の曲線を指先でなぞりながら、真は心の中で繰り返した。
「……ごめんな、ななお」
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』


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