第2週『名前のない約束』 第5話 ― 名前のない約束 ―

第2週『名前のない約束』

授業のあと、真帆は拓真と弘美を小さな応接室に案内した。
拓真は、かばんのポケットから、あのお守りを丁寧に取り出す。

「……開けてもいいですか?」

真帆はうなずいた。
弘美は言葉にできないまま、そっと隣で見守っている。

拓真は紐をほどき、袋の口を開いた。
中から出てきたのは、小さな紙片だった。

手のひらに収まるくらいのメモ用紙。
そこには、走り書きのような文字で、ただ一行だけ。

「あなたのままで、いてください」

拓真はそれを見て、しばらく黙っていた。
そしてぽつりと呟く。

「これ……なんか、泣きそうです」

弘美もまた、その言葉を読み、顔を伏せた。

「……ねえ、佐伯先生。これって、誰が書いたんでしょう」

真帆は少しだけ考えて、静かに答えた。

「きっと、“願った人”じゃなくて、“祈った人”が書いたんだと思う」

それは、誰かを変えたいという願いではなく、
誰かがそのままで生きていてくれることを、ただ願った祈り。

お守りは、拓真のもとに届くべくして届いたのかもしれない。
そして、弘美の“理想”ではなく、拓真の“気持ち”に触れるために。

帰り際、拓真は笑って言った。

「……なんか、これ、捨てられないかも」

真帆はうなずいた。

「大事にしてあげて。それは、たぶん“名前のない約束”だから」

ふたりが帰ったあと、真帆は一人きりの教室に残った。
ロッカーのすみに吊るされた、別の生徒の鞄が小さく揺れている。

どこかで、誰かが祈った気持ち。
それが、時を越えて誰かを支えることがあるのなら。

“教える”という仕事も、まだ続けてみてもいいのかもしれない。

静かな夜風が、窓の隙間から差し込んでいた。

『名前のない約束』fin.

『宿帳の余白』 next>> 第1話 ― 宿帳の余白 ―

<< Previous 『名前のない約束』 第4話 ― 二人で書いた誓い ―

紙袋の行方

第1週 『見えない鍵』

第2週 『名前のない約束』

コメント

タイトルとURLをコピーしました