郡上中学校の裏手にある古い校舎の一角。
「文集室」と呼ばれていたその部屋は、今はもう誰も近づかない場所になっていた。
扉のガラスにはひびが入り、かつての立て看板は色あせて読めない。
咲良は、交換日記に書かれていた“7月7日、文集室で会おう”という言葉に導かれるように、鍵のかかっていない扉をそっと開けた。
中はほこりっぽく、ひんやりとした空気が流れていた。
古びた本棚、カビの匂い、忘れられた学年文集の山。
まるで時間が止まったまま、当時の空気だけが封じ込められているかのようだった。
「……ここで、待ってたの?」
呟いた声は、自分でも気づかぬほど震えていた。
瑞月――中学時代、交換日記を交わし、毎日一緒に過ごしていたたった一人の親友。
けれど、ある日を境に、突然言葉を交わすことがなくなった。理由は今でも思い出せない。
咲良は文集の束に手を伸ばし、奥へ奥へと探っていった。
その中に、一冊の冊子の裏表紙に小さく貼られたメモ用紙を見つける。
「渡すタイミングを逃しただけ」
「ほんとうは、話したかった」
それは、瑞月の筆跡だった。
交わされなかった言葉。
伝えられなかった想い。
それが、小さな紙切れに宿っていた。
「どうして、あのとき……」
咲良は、文集室の隅でしゃがみ込み、ひとりごとのように呟いた。
けれど、過去に戻ることはできない。
ただ、その時“何を言いたかったのか”を知る手がかりだけが、こうして残されていた。
咲良はバッグから交換日記を取り出し、瑞月の文字の跡をなぞるようにページをめくった。
そして、破られた最後のページに、そっと便箋を挟んだ。
それは、交わらなかった言葉の続きを、今、自分の手で書いていくという意思だった。
「瑞月……ごめんね。あのとき、ちゃんと向き合えばよかった」
静かな文集室に、咲良の声がぽつりと落ちる。
棚の隙間から差し込んだ午後の日差しが、ページの上をやわらかく照らしていた。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』


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