咲良はその夜、宿に戻ってからもずっと、交換日記をめくっていた。
あの文集室で見つけた小さなメモ、そして自分の記憶の隙間に浮かぶ、瑞月の笑顔。
何かが少しずつ、輪郭を取り戻し始めていた。
翌朝、咲良はもう一度「すずらん堂」を訪れた。
店主の村井さんが奥から古びた箱を抱えて現れる。
「この前のノートね、気になってたみたいだから、これも見てみたら? 昔、文集室に寄付されたものみたいだけど、何冊かウチに流れてきてるのよ」
箱の中には、色褪せた日記帳やスケッチブックが並んでいた。
その中の一冊、小さなリングノートを手に取った瞬間、咲良の指が止まる。
「タイトル:風のむこうで待ってる」
中を開くと、見覚えのある文字で物語が綴られていた。
けれど、書き手の名前は──
「著:瑞月・さくら」
「……え?」
思わず声が漏れる。
咲良には、このタイトルにも、この共作という記憶にも、まったく覚えがなかった。
でも、書かれた文章はたしかに、自分の書き方に似ていた。
柔らかい表現、繰り返しを多用する癖。
そして途中から、まるで「もう一人の自分」が語るように、文章が切り替わっている。
まるで、二人の記憶が、ひとつの物語として再構成されたようだった。
咲良は胸の奥がざわめくのを感じた。
これはいつ書いたのか? 本当に自分が書いたのか?
それとも、瑞月が咲良の言葉をなぞってくれていたのか──。
ふと、最後のページに挟まれた付箋に気づく。
「この結末を、いつか一緒に書き直そう」
それは、瑞月の文字だった。
あの頃、交わすはずだった言葉、書きかけだった物語、そして叶わなかった“約束”。
それらが今、ノートの中で静かに息を吹き返している。
咲良はそっとページを閉じると、胸の奥にぽっと灯るものを感じた。
「……書き直そう。私の言葉で」
失われたと思っていた記憶は、ただ“閉じられていただけ”だったのかもしれない。
誰かと交わした誓いも、きっとまた、新たな形で結べる。
咲良はノートを胸に抱え、店をあとにした。
次は、瑞月に会いに行こう──
それが、自分自身にできる“書き直し”だと信じて。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』


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