授業のあと、真帆は拓真と弘美を小さな応接室に案内した。
拓真は、かばんのポケットから、あのお守りを丁寧に取り出す。
「……開けてもいいですか?」
真帆はうなずいた。
弘美は言葉にできないまま、そっと隣で見守っている。
拓真は紐をほどき、袋の口を開いた。
中から出てきたのは、小さな紙片だった。
手のひらに収まるくらいのメモ用紙。
そこには、走り書きのような文字で、ただ一行だけ。
「あなたのままで、いてください」
拓真はそれを見て、しばらく黙っていた。
そしてぽつりと呟く。
「これ……なんか、泣きそうです」
弘美もまた、その言葉を読み、顔を伏せた。
「……ねえ、佐伯先生。これって、誰が書いたんでしょう」
真帆は少しだけ考えて、静かに答えた。
「きっと、“願った人”じゃなくて、“祈った人”が書いたんだと思う」
それは、誰かを変えたいという願いではなく、
誰かがそのままで生きていてくれることを、ただ願った祈り。
お守りは、拓真のもとに届くべくして届いたのかもしれない。
そして、弘美の“理想”ではなく、拓真の“気持ち”に触れるために。
帰り際、拓真は笑って言った。
「……なんか、これ、捨てられないかも」
真帆はうなずいた。
「大事にしてあげて。それは、たぶん“名前のない約束”だから」
ふたりが帰ったあと、真帆は一人きりの教室に残った。
ロッカーのすみに吊るされた、別の生徒の鞄が小さく揺れている。
どこかで、誰かが祈った気持ち。
それが、時を越えて誰かを支えることがあるのなら。
“教える”という仕事も、まだ続けてみてもいいのかもしれない。
静かな夜風が、窓の隙間から差し込んでいた。
『名前のない約束』fin.
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