第2週『名前のない約束』 第3話 ― 開けられなかった封筒 ―

第2週『名前のない約束』

週末、弘前市内の図書館の一角で、真帆はひとりノートパソコンを開いていた。
取材ではない。今は誰とも話したくなくて、仕事道具を持ち込んで“何もしない時間”を過ごしている。

お守りのことが、頭から離れなかった。
あの刺繍。あの手触り。確かに、自分の縫ったものだ。

偶然の一致……にしては、あまりにも細部が一致しすぎている。

「こんなところで会うとはな」

声をかけられて顔を上げると、そこには佐々木陽介が立っていた。
10年前、同じ中学校で教員をしていた、元同僚。

「……久しぶり。佐々木先生」

「もう“先生”じゃないよ。こっちも退職して今は地元の出版社でバイト中」

彼は隣の椅子に腰を下ろし、昔と変わらぬ軽い口調で続けた。

「最近さ、うちの編集部に、教育特集で“願掛け”に関する取材が来ててね。ふと、君のこと思い出してたんだよ。あの頃、ずいぶん生徒に寄り添ってたろ?」

「……そうだったかもしれないけど」

「そうだったよ。あの子の件、今でも気にしてるんじゃない?」

“あの子”。
真帆の胸が少しだけ痛んだ。

転校していった生徒。
将来のことで家と揉めて、最後は誰の意見も聞かなくなっていた。
真帆が渡したお守りは、あの子の心に届いていたのか。
それとも、ただの押しつけだったのか。

「……あのときね、君が渡そうとしてた“手紙”、あれ、まだ持ってるだろ」

真帆は驚いて佐々木を見る。

「……なんで知ってるの?」

「渡すかどうか、迷ってたって、当時聞いたからさ。あの封筒、開けたの?」

「……いいえ。まだ、開けてない」

佐々木は少しだけ微笑んだ。

「正直なところ、君らしい。でも、その手紙の中に、今の答えがある気がするんだよな」

図書館の天窓から、春の淡い光が差し込んでいた。

真帆はカバンの奥に手を伸ばす。
そこには、ずっと持ち歩いている小さな封筒がある。

未開封のまま、10年。
封を開ける準備なんて、きっと一生整わない。

でも、もしあの拓真が「開けたい」と言っているのなら。

それを止める資格は、私にはないのかもしれない。

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