第10週『影送りの窓』 第4話 ― 写真の真実 ―

第10週『影送りの窓』

夕暮れの旧家は、静かに沈黙を保っていた。
美鈴は座敷の窓に貼られた半分の写真を、再びじっと見つめた。
宍道湖の光が差し込み、切り取られた境界線が鮮やかに浮き上がる。
昨日、早苗が語った“もう一つの影”の言葉が胸をざわつかせていた。

ポケットから取り出した封筒の断片を、窓の写真に重ねる。
両手を震えないように押さえると、風景がぴたりと繋がった。
湖面の波紋も、雲の筋も、遠景の岬の稜線も、ひとつの画に戻る。

そして――そこに立っていたのは二人の人影だった。
右側は、確かに父。背の高い輪郭と、少し前傾した姿勢。
左側には、女性の肩と髪の端が写っている。顔は半分切れているが、隣にいることは明らかだった。

美鈴は息を止めた。
「……本当に、もう一人いたんだ」

裏面を光に透かすと、細い字で書かれた走り書きが浮かぶ。
《7/15 夕陽の堤》
そして、さらに小さな文字で――《ありがとう》

誰に宛てた言葉なのかは、分からない。
父が書いたものか、それとも隣にいた女性が残したものか。

そのとき、玄関から声がした。
「美鈴、いるか?」
拓人だった。
彼は靴を脱ぎながら、手に小さな封筒を持っていた。
「仏間の床下から出てきたんだ。……おじさんのものだと思う」

受け取った封筒は古びて黄ばんでいた。宛名はなく、糊は半分剥がれている。
中には便箋が一枚。震える手で開くと、そこには短い文章だけ。

《影を残していく。影が消えたら、私はもうここにはいない。》

筆跡は間違いなく父のものだった。
淡々とした言葉の中に、決意のようなものがにじんでいる。

美鈴は窓辺の写真を見やり、便箋を胸に抱いた。
父は“影送り”を、自分の存在を消すための儀式のように選んだのかもしれない。
けれど――並んで写ったもう一人の影だけが、その決意を拒むように、しっかりと残っている。

胸の奥に、言葉にならない痛みが広がった。
父は去った。でも、消したはずの影は、誰かが留めようとしてくれた。

窓の外では、宍道湖の水面に夕陽が溶けはじめていた。
赤と金の光の中で、影は伸び、そして揺らいでいる。

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第2週 『名前のない約束』

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第4週 『買い取ってない品』

第5週 『願いは誰のもの』

第6週 『二人で書いた誓い』

第7週 『割れた陶片の先』

第8週 『夕立ちの残響』

第9週 『消えた宛名』

第10週 『影送りの窓』

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