翌日、授業を終えた美鈴は、職員室に戻ると机の上に溜まったプリントを整えた。
同僚に「今日も空き家の片づき?」と声をかけられ、思わず苦笑した。
「ええ、少しだけ。……なんとなく、気になることがあって」
心の奥には、昨日見つけた“半分の写真”と、その裏にあった「影送り」という文字がこびりついていた。
そして、消えかけたスタンプ――「駅前」「さ……ぽ……」。
声に出すと、曖昧な響きが残る。
放課後、旧家へ向かう。
夕方の宍道湖は、昨日よりも厚い雲に覆われていた。
湖面は風に押されて細かく揺れ、光の筋が沈みかけた太陽をかろうじて拾っている。
窓辺の写真を見つめると、光が少し変わり、切り取られた影の部分が濃く見えた。
従兄の拓人が、玄関から声をかけてきた。
「また来てたのか。片づけは進んでる?」
「少しずつ。……ねえ、父のこと。いなくなった日のこと、兄さんは何か知ってる?」
拓人は押し黙り、ポケットに手を入れた。
「行方不明届は、役所に出したろ。俺は直接見てない。ただ……噂はあった」
「噂?」
「宍道湖の堤を夕方歩いてるのを、何人か見たって。最後に会ったのが誰かは分からない」
美鈴は窓辺の写真を指差した。
「これ、父が残したの?」
「……そうかもしれん。だけど不思議だな。親父さん、写真なんて滅多に撮らん人だったろ」
確かに、父は記録を嫌った。
日記も書かず、家族写真を撮るのも面倒くさがっていた。
それなのに、この半分の写真はわざわざ窓に貼り付け、残していった。
「残すつもりだったんじゃない。消すつもりだったんだ」
美鈴の口から、不意に言葉がこぼれた。
「影送りみたいに……自分の影を消すみたいに」
拓人は返事をしなかった。ただ、窓越しに沈みゆく光を眺めていた。
その夜、実家に戻った美鈴は、押し入れの奥から父の遺した段ボール箱を探した。
中には、使い込まれた辞書や古い領収書の束、そして手帳が一冊。
ページをめくると、空白ばかりで、ところどころに短い言葉が走り書きされていた。
《7/15 窓 影送り》
《夕陽 湖》
それだけ。日付も年もない。
でも、窓辺の写真の裏と一致する。
手帳を閉じると、窓に貼られた半分の写真が脳裏に浮かんだ。
そこには確かに、父が「消そうとした影」が残っている。
だが、もう一つ――「消せなかったもの」もあるように思えた。
美鈴は明日、隣家の早苗を訪ねる決意を固めた。
父が最後に宍道湖の夕暮れに残した“影”を、きっと彼女は覚えているはずだから。
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紙袋の行方
第1週 『見えない鍵』
第2週 『名前のない約束』
第3週 『宿帳の余白』
第4週 『買い取ってない品』
第5週 『願いは誰のもの』
第6週 『二人で書いた誓い』
第7週 『割れた陶片の先』
第8週 『夕立ちの残響』
第9週 『消えた宛名』
第10週 『影送りの窓』


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